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「クロエ、おつかいに行ってきて欲しいのだけど」
そう言ってグレイシアはわたしに紙切れを手渡した。
「林檎と小麦粉……それから卵と牛乳をお願い」
「ええ、分かったわ」
食べ終えた食器を片付けながら返事をする。
今日は街に行商人が来る日だ。
屋敷の主人は必ず食後にデザートを要求する。
食材は高級でなければならない、料理は美味くなければならない。
食器は良いものを、ワインは上質なものを。
街で経営されているちっぽけな店で、それらを買うことは許されない。
とにかくお金を使いたがるのだ。
なぜならそれは自分の豊かさの象徴であるから。
あの人は物の本当の価値なんか必要としない。
目に見えて高級な物を使い、そしてそんな自分に陶酔する。
権力を振り翳したいだけなのだ。
庶民を嘲笑う様な傲慢で卑しい人間でも、逆らえば命は無い。
わたしたちが生きる為には我慢しかないのだ。
「気を付けてねクロエ。……本当は一人で行かせたくないのだけれど」
グレイシアは心配そうに胸の前で手を組んだ。
仕方の無いことだ。他のメイドや執事たちも、主人が起きる前にやらなければならないことがたくさんあるのだから。
「大丈夫よ。慣れているわ。……本当は慣れていてはいけないのだろうけど」
荒れた街の様子を思い浮かべてぽつりと呟く。
見て見ぬ振りをして生きてきたせいでいつの間にかそれが当たり前になってしまっていた。
力のないわたしにはどうすることも出来ない。
カゴの中でメモがくしゃりと音を立てた。
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