3. わたしの仕事

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ぐいっと襟を掴まれる彼女。 小さな身体はいとも容易く持ち上げられる。 「よォ嬢ちゃん。いい服着てんなァ」 同じように物陰に隠れていた人々が息を呑む。 助けたら、次は自分が。 自分の大切な家族が。 あの子の両親は何処? 周りを見渡しても、それらしき人は居なかった。 「嬢ちゃん、お母さんとお父さんはどこだい?」 真っ青になった顔を横に振り、足をばたつかせる。 下ろしてと懇願する彼女の願いは聞き入れられない。 「そいつはいけねえなァ……。届けてやるから案内しろ」 にやにやと煙草の煙を吐き出す彼ら。 屈強な身体に捕えられた少女は逃げ出そうと必死にもがく。 「だれか!たすけて!」 「黙れ!騒いだら売り飛ばすぞ!」 涙の混じった悲痛な叫びは、突き付けられたナイフに怯えて消えてしまった。 どっ、と冷や汗が吹き出す。 あんなに幼い子供にすら奴らは容赦しない。 心臓がヒュッと音を立てた。 助けなきゃ、と震える膝を叩く。 あの日の弟と彼女が重なった。 傷付けられた腕から流れる血を鮮明に思い出す。 弟は助かったけど、彼女は? 痛いほど鼓動が早くなる。 大丈夫だと自分に言い聞かせた。 わたしにはもう守るべき人は居ないもの。 「や、やめてください……!」 物陰から飛び出したわたしを盗賊たちが鋭い目で睨みつけた。 やってしまった、という後悔の念が一気に押し寄せる。 「なんだテメェ。……ほォその服は屋敷のメイドか。随分と舐めた真似しやがって」 じりじりと距離を詰められる。 未だに酒臭いのは昨日の晩餐のせいだろう。 「お願いします、その子を離して……!」 声が震えて上手く喋れない。 奴らは面白そうにわたしを見下した。 「いいぜェ、俺らは優しいからよォ。お前が身代わりになるならな!」 腕に鋭い痛みが走った。 生温い液体が布を赤く染めていく。 刺された、と思った。 ああ、まずい。目が回る。 致命傷ではないものの、パニックに陥りそうになる。 息が上手くできない。視界が霞む。 「おねえちゃん!!」 叫ぶ少女と、声高らかに笑う盗賊たちの声が遠ざかる。 だんだん薄くなる意識の奥でぼんやりと思い浮かべたのは少女でも弟でもなく、ミス・ブラックのことだった。 彼女だったら助けられたかもしれないのに。 ああわたしは、情けない程に無力だ。
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