わたし

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治安の悪いこの街に似つかわしくない、一番大きなお屋敷でわたしは働いている。 豪華な食事に煌びやかなシャンデリア。 大理石の床は、わたし達メイドによってぴかぴかに磨きあげられている。 「クロエ!何をしているんだ、遅いぞ!」 背後からの怒鳴り声にわたしは肩を跳ね上げた。 でっぷりとした腹を揺らしながらつかつかと歩み寄るのはこの屋敷の主だ。 「申し訳ありません……!街に今晩の食材を……」 言いかけたところで、頭をガッと掴まれた。 周りのメイド達はさっと目を逸らした。 「言い訳はいいんだよ。全くお前は本当にグズだな!」 細い目で睨みつけられる。 申し訳ありません、とわたしは繰り返すことしか出来ない。 「おまけに役たたずで声も小さい。せめてお前が美人だったらなあ!」 大きな宝石の指輪がぎらぎらと卑しく光る。 せいぜいしっかりやれよ、と吐き捨てると主はお気に入りのコレクションがある部屋に消えていった。 わたしは悔しさに歯を食いしばった。 屋敷の中でも街と同じだ。 メイド達は暗い顔で俯く。 わたしは知っている。 この屋敷の主が盗賊達の頭であることを。 毎晩行われる豪勢な食事会に招かれるのは奴らだ。 歯向かうことは許されない。 仕事を失ってしまえばわたし達は生きていけない。それに、平気で刃物を突きつけられるのだ。 下手したら自分の大切な人達を傷つけられる。 わたしは奴らに家庭を壊されたうちの一人だ。 わたしは早くに両親を亡くしていた。 残された幼い弟と二人だけになった家に奴らが押し入ったのだ。 価値のあるものは全て家から無くなり、弟は腕に大きな傷を負わされた。 それからは二人で小さなパンを分け合って、雨水を飲んで必死で生きた。 今、弟は何をしているのだろうか。 大きくなった弟は出稼ぎに行ってくると言い残して家を出た。 それからのことは何一つわからない。 わたしは思い出したくもない過去にぎゅっと目をつぶる。 酷い目にあったのは他のメイド達も同じだった。
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