毎日が南の島の夏休み

第１章・旅の始まり

「残ったのはこのおんぼろのスバル５５だけね」
　夏菜はスバル５５の白い小さなボディを見つめた。
「さて、パパは死んだし、家も借金取りが持ってったし、ママは一度も会ったことないし」
　夏菜は、突如十年前に父親が建てたガラス張りのキューブが滅茶苦茶に組み合わさったヘンテコな自分の家だった家を見上げた。
「おねえちゃんどこ行くの」
　隣りの家に住む幸子だった。
「旅に出るの」
　夏菜はスバル５５の低い屋根を軽く叩いた。
「走るの？これ」
　幸子はスバル５５をまじまじと見つめた。
「もちろん。相当な骨董品だけど」
「へぇ～、すごいんだねお前」
　幸子はスバル５５のライトの上をやさしく撫でた。
「スバル５５以上の車なんてこの世に存在しないわ」
　夏菜はスバル５５の後部の、あるかないかの狭いトランクルームに革製の大きなトランクを放り込んだ。
「一人で行くの？」
「そうよ」
「わたしも行く」
　そう言って幸子は期待に胸を膨らませる子どものように、実際まだ子供ではあったが、ぴょんぴょんと笑顔で夏菜の背後を飛び跳ねた。
「わたし、学校辞めたの。もちろんお母さんにもお父さんにも先生にも内緒だけど」
「あなた案外かしこいのね」
「へへへっ、もうわたし十三よ」
「学校なんか行く奴はバカよ。こんなに世界は広いのに」
　夏菜は真っ青に晴れ渡った空を見上げた。
「さっ、行きましょ」
　夏菜はスバル５５の運転席のドアを開けた。
「うん」
　幸子は元気いっぱい答えると、スキップするようにして助手席に乗り込んだ。
「あなたお金ある？」
　スバル５５に乗り込むと夏菜が訊いた。
「おねえちゃん無いの？」
　助手席に乗り込んだ幸子が問い返す。
「このサングラスを買ってガソリンを満タンにしたら、無くなったわ」
　夏菜はそのかわいい形の良い鼻の上にかけられたバカでかいサングラスを上下にクイッ、クイッ、と右手指先で動かした。
「私は今朝お母さんからもらった今月のお小遣い、三千円があるわ」
「それだけあれば十分よ。さっ、行きましょう」
　夏菜はスバル５５のエンジンを勢いよくかけた。
　おんぼろのスバル５５は、カラカラと軽薄なエンジン音と共に走り出した。空はきれいに青く、その真ん中で太陽はギラギラと輝いていた。