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男の人が一人で来るなんて珍しいな―それが彼に対する最初の感想だった。それよりも、これから働き始めるこの店の雰囲気に上手く馴染めるかどうか―そのことの方が私は気がかりだった。慣れない接客の仕事ということもあって、私の頭は不安でいっぱいだった。
それからしばらくして、彼はこの店を訪れるようになった。始めは不愛想で口数の少ない、単なるお客さんのうちの一人だった。それからも彼は度々この店に訪れて、私たちは次第に言葉を交わすことも多くなった。話すとは言ってもいつも二言三言、それくらいだった。けれども、そんなわずかな時間を、いつの間にか待ち遠しく思っている自分がいた。気がつけば彼の姿が見えないかと、暇さえあれば窓の外ばかり眺めていては、先輩からボケっとするなと怒られることもあった。
「おすすめはなんですか?」
彼からそう尋ねられた時、私はつい慌ててショートケーキなどというつまらない答えを返してしまった。もちろんショートケーキの味に自信がなかったわけではないけれど、もう少し気の利いた会話ができれば良かったな―私は少し後悔した。けれど言葉足らずな私の説明にもかかわらず、彼は即答でショートケーキを買ってくれた。そんな些細なことが私は嬉しかった。
彼はいつもケーキを二つ買っていった。きっと彼女さんと一緒に食べているのだろうな―店を出て行く彼の背中を見るたび、私は少し悲しくなった。一人で二つもケーキを食べるほど甘いもの好きの男の人だったら―そんな人、滅多にいないことはわかっている。彼と一緒にケーキを食べるのが私だったら良いのに―そんな風に私は思った。
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