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「…課長、銃を下ろしてください」
凶悪犯に言うべき台詞を、昨夜自分を抱いた男に言っている。
背中に冷や汗が流れる。
「嫌だと言ったら?」
冷笑された。つまり応じる気がない。
こういう時はどうする? そうだ、こちらも武器を持っていることを相手に示す。
しかしもたもたしていたら撃たれてしまう。いや、こちらを撃つ気はない。
多月が七海を撃つはずがない。だから堂々としていればいい。
「…応戦します」
懐から拳銃を出した。
目標に向かって銃口の照準を定める。
考えられないことをしている。
上司に向かって、いや、好きだと抱き合った相手に向かって、銃を向けている。
これが夢であってほしい。
涙が滲んで視界がぼやける。
何故こんなことをさせる?
ありえないだろう。
ありえるわけがないだろう!
「待って。ちょっと何やってんの君ら。ここで拳銃訓練でもすんの? 死ぬ気?」
水落が止めに入る。いつもの茶化した口ぶりではない。本気でやめろと訴えている。
こっちだってやめたい!
こんなもの使う予定はなかった。念のために持ち出しただけで、無許可でそれをしたことがバレただけでも処分されるのに、発砲などすればただではすまない。
それでも、そんなことはどうでもいいと思えた。
多月を助けられるなら、自分の進退などどうでもいいと思った。
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