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そこはまるで深い渓谷のようで。
静かで、周囲は人気がなくて、自分たちしか存在していないような錯覚さえ起こす。
光さえ届かない場所。でも見上げると太陽の輝かしい色が視えるかのようだった。
確実に、糸ほども細い光がここに届いている。
気づいていないだけだった。
本当はずっとそれが自分に降り注がれていたのに。
生きるために差し出された梯子のようなそれに今、やっと、手を伸ばそうとしている。
もうその光を消したくはない。
だってそれを見つけたから生きていこうと思えた。
「ねえ、帰らないでよ」
傍にいてよ。
ずっと傍にいて。
一晩中いてよ。
水落と父は無言で大広間を後にした。水落はきっとこのまま帰宅するか、仕事に戻る。父はおそらく辞職のための準備をしに警視庁に向かうだろう。
二人がその場に残され、腕の中にいた七海が散々泣いて腫れた目を擦り、立ち上がろうとしたところで手を掴んだ。
「でも」
でも、の続きは出てこなかった。いつものような元気も覇気もない。当然だ。
死のうとした人間を止めた。でもそれ以降どうしたらいいのかわからないのだろう。どう接したらいいのか。どんな言葉をかけたらいいのか。
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