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 そう言うと黙ってしまった。腕の中で照れと闘っている姿が目に浮かぶ。でもそれを見せたくないんだよね。知っているから抱きしめたままでいてあげる。それを可愛いって言うのも駄目なんだよね。本当に気を遣うよ。どうしたら恋人同士っぽくなれるの。いつまでも上司と部下なの。セクハラみたいじゃない?  相当の時間待たされると小さく、櫂さん、と聞こえた。  その名前を口にされた瞬間。  今まで共に過ごしてきた時間のすべてが、一気に溢れるようにして頭に映像が流れ込んできた。  初めて見かけた雨の日から今までが、全部、洪水のように。  そうか、もう二十年も経つ。その間掴もうとしたものは指の隙間から無情に零れ落ちていったけど、そんなものを求めて追いかける必要はなかった。  ずっとここにあった。  こんなにも近くに。  こんなにも長い期間、こんなにも居心地のいい温度とともに傍にいてくれたのか。
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