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私は女MR
肩下まである黒髪を後ろで一つに束ね、眉を描いて明るめのベージュ系の口紅を塗る。
いつも私のメイクはこれで終わり。地味な顔に華やかなメイクは似合わない気がするし、何より面倒だから。
でも香水だけはこだわりがあって、毎日気分によって変えていた。
「よし」
鏡の前の自分に言って黒いトートバッグを手にする。
私、鈴木理緒は今年MRになった。
MRとは医薬情報担当者、英語でmedical representativeを略したものだ。病院で薬の情報のやり取りをする営業職。
六ヶ月間のMR認定試験のための研修を経て、実家からはほど遠い都会の私立大学病院担当になった。
私のこれまでの人生は失敗ばかり。
大学入試で失敗して、浪人。
入った文学部は就職率が一番低い学部だなんて知らなかった。就活は難航して、受けた事務職は全て落ち、仕方なく営業職を受けた。
でも一番の失敗はあの家に生まれたこと。
だから、畑違いのMRの中でも最もきつい大学病院担当になってしまったけれど、配属で家を出られたのは唯一の幸運だと思っている。
「おはようございます」
声をかけて支店に入る。
私の働く千薬製薬会社は女子のMRが多い会社だ。女子の集団が苦手な私は、研修が始まるまでそれを知らなかった。会社選びも失敗したのかもしれない。
同期の女子たちは皆綺麗にメイクをしているし、爪まで整えて塗っている。スーツもお洒落なのを着ていて靴もヒールのあるパンプスだ。
私はヒールが苦手だ。三センチの太ヒールのローファーという地味靴を愛用している。スーツは就活の時に着ていたものを着ることもあるし、新調したのも無難なものだ。
支店の女子MRの中で私は地味でどこか浮いていた。
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