長引いた風邪

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 髪型とメイクを変えて以前よりドクターたちに話しかけられることが増えた。それはとても嬉しい。でも薬の話にはならないのが私は気になっていた。ドクターたちが知りたいのは私自身のことばかりで、薬のことではない。医局で他のMRたちに混じりドクターと話すとき、以前は話に入れないことが多かったからこれでも進歩だとは思う。でもいまいち営業になっているのかがわからなかった。 「考えすぎじゃない? 今野さんもいるし。新人の俺らは俺らのペースでできることをしたらいいんじゃない?」  鈴木にはそう言われた。そうなのかもしれない。今野さんがいるだけで処方はある程度は出る。でも、そうなら私のいる意味って何だろう。毎日病院に来て、薬名を言って処方をしてくださいと頭を下げるだけ。あとは今野さんに頼まれた用事をこなしてはいる。でも、それだけでいいのだろうか?  ドクターと少しずつ話せるようになったからこそ、自分の力で処方を出してもらいたいと欲深くなっている自分がいた。 「こんにちは~。お疲れ様です」  10階のエレベーターホールにいると、腎臓内科の医局長の谷口先生が通ったので挨拶をして頭を下げた。谷口先生は私に気づくと少し手を挙げて忙しそうに去っていった。谷口先生が手を挙げるのも以前はなかったことだ。少しずつドクターとの距離は縮まっているはずなのに。  春が近づき、風が温かくなってきたが、心はなんだか悶々としていた。そして、季節の変わり目だからか私は風邪をひいた。
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