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檻
青白く仄暗い部屋の中にある、大きな檻の中に私はいる。その中心で、身体中を鎖で繋がれて、鉄格子に触れることさえ敵わない。そうして厳重に拘束されている私のすぐ側には、獰猛そうな黒い犬と、斧を携えた執行人がいる。そして、全てを見届けるために母親もいた。今から私は、無実の罪で斬首される。全く身に覚えのないこの処刑について、その罪状さえ教えて貰えない。「1486、1487、1489……」ここは雨漏りするのだろうか。ここへ連れて来られた時から、ずっとそんな音がしているのだ。水滴が地面に叩きつけられる音。私はそれが規則正しく刻まれていることで、残された時間が確実に失われ続けていることを意識せずにはいられない。「1521、1522、1523……」私は言い知れぬ恐怖を感じている。生きたまま自分の頭が身体から切り離されようとしているなんて。私が一体、何をしたと言うのだろう。私は何もしていない。何もしていないことこそが罪なのだろうか。ああ、また水滴が、地面に叩きつけられた。それはまるで耳鳴りのように、頭の中まで響いて頭痛がする。今から頭を失うと言うのに。「1526、1527、1528……」誰かこれを止めてくれ。この音が、もうずっと聞こえて、耐えられない。私は遂に発狂し、目の前の母親に訴えた。「怖い」「嫌だ」「自分は無実なのに!」私はまるで動物が咆哮するように、単純な言葉を、ただ羅列することしかできない。それに対して、母親は私に繰り返す。「大丈夫。大丈夫」私は違和感を感じているが、不安と恐怖で、その違和感に集中できない。そして今度は深刻な面持ちで、母親は私に言うのだ。「最近、お婆ちゃん具合が悪そうなの」そして俯き不安気にしばらく考え込む。今まさに斬首されようとしている私に言うことなのだろうか。すると思い出したように私を見て、再び「大丈夫。大丈夫」と繰り返した。一体、これの何が大丈夫だと言うのだろう。私は何も大丈夫じゃない。冤罪も斬首も母親も、この空間の何一つ大丈夫なんかじゃない。斧を研ぐ音が聞こえて来る。そして母親は繰り返す「大丈夫。大丈夫」黒い犬が唸りだす。私の頭は餌じゃない。ああ、また、水滴が。「1601、1602、1603……」私は数えるのをやめられない。
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