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とんでもないことが起きて、とんでもないことを言われた。
「人ちがいだと…思うよ。女の子がこんな時間にお外にいるのは危ないから。そうだスマホは?おうちに連絡して迎えに来てもらった方がいいよ。もう終電もない時間だし。ね?」
この少女は猫だ。
だからめちゃくちゃな返事をしているのもわかっているけど。
常識の範囲から出たくない私はそう口走った。
「……スマホならある。両親に連絡する」
意外と常識的な返答に安堵する。
「そっか。うん、そうした方がいいよ」
一瞬強ばった肩の力が抜ける。
そうだ、猫がスマホを持っているわけがない。
もしかしてこの子は街灯の陰にでももともと立っていたんじゃないだろうか。
猫を見失ったとき陰から出てきたので猫が少女になったように見えたんだ。
きっとそう。
少女が慣れた手つきでスマホを操作するのをぼうと見つめる。
半月型のメガネなんて変わっている。
私は自分に言い聞かせる。
さっきのは疲れてて、街灯の調子も変だったから見間違えただけ。
「連絡した。迎えに来るって。でもここで一人で待つのは怖い」
少女は表情を変えずに頭上の切れかけた街灯を見上げた。
街灯は不気味に点滅を繰り返す。
確かに怖いかもしれない。
私だってさっきこの街灯のせいで変なものを見たような気になった。
全てこの街灯のせいだ。
私は少し迷って提案する。
「お迎えは何時くらいになりそう?」
「30分くらい」
「…私の家ね、あそこのアパートの二階。うちで待つ?」
猫が少女になって自分の名前を言い当てたことは、頭の中からすっぽり抜け落ちていた。
疲れた頭は都合の悪いことを排除して安心を求めている。
「私ね、鍬形(くわがた)瞳。虫みたいでしょ。あなた名前は?」
黒いワンピースに銀色の靴下、黒いパンプスの少女は十代半ばに見える。
おとぎ話に出てくるようなふわふわの銀髪は長く腰まで届いていた。
一体こんなところで少女は何をしていたんだろう。
「鷺島(さぎしま)…フィガロ」少女は言う。
どきりとした。さっきの言葉が蘇る。
” 私はフィガロ。お前の前世の恋人だ ”
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