1

2/6
446人が本棚に入れています
本棚に追加
/84ページ
「そういえば、葛木(かつらぎ)さんの個展が京都で開催されているんだ」  そんな話を、以前勤めていた会社の先輩から聞いたのは、福岡市内の出先で偶然に先輩と遭遇した数日前のことだった。 「今週末までなんだけど、しかも遠いけど、もし良かったら」と、見る度に惚れ惚れしてしまう、そのうつくしい顔で熱心に勧められた。  かつて先輩から彼の作品を紹介され、まるでたましいを奪われるように彼の撮る写真の虜となった僕は、思わず二つ返事で「行きます!」と答えたものの、間が悪いことにちょうど仕事に忙殺されている時期で、ようやく当面の仕事を片付け京都に旅立ったのは、結局個展最終日の早朝だった。  高速道路で京都に向かい、ぎりぎりの時間に滑り込んで個展を鑑賞した。寝不足で運転するにはかなり危なっかしい状況ではあったけれど、これまで雑誌やネットでしか見たことのなかった写真家本人と直接話せたのが、なによりも嬉しかった。  背が高く、写真で見るよりもずっと男前の、圧倒的な存在感のある男を前にして、緊張のあまりたいした話ができなかったのが唯一の心残りではあるが、やはりここまで来た甲斐があったと、本人にサインして貰った限定販売のZINEをにやにやと眺めながら、その夜は二十四時間営業のスーパーの駐車場で爆睡して、翌朝京都市内を出発したのだった。
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!