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 拍子抜けするくらい、あっけない別れだった。帆夏の背中を見送った後、しばらくその場に立ち尽くしたまま、彼の濃い気配が次第に消えてなくなっていくのを感じていた。 「さあ、仕事仕事」  胸の空白を振り切るようにそうつぶやいて、僕はパソコンに向かう。すぐに取り組むべき仕事があることが、いまはありがたかった。  帆夏が言った「必ずまたここに戻ってくる」という言葉は、すっぱりと忘れることにした。なにしろ彼は、元恋人に会いに行くのだ。いくら帆夏が「終わった恋」だと言っていたとはいえ、ふたたび会ってしまえば想いが再燃する可能性だってあり得なくはない。それは、帆夏のことを信用していないとか、決してそういうことではなく、恋というものが気まぐれで不確かな感情だからこそ、何が起ころうとも仕方ないと思うのだ。  納入するパソコンを選定して、見積りをメールで送り終わったのが夕方の六時。それから行きつけのうどん屋でおでんを突きながらゴボ天うどんを食べ、家に帰ってシャワーを浴びた。  寝る前にメールチェックをしたら、見知らぬアドレスからメールが届いていた。それは帆夏からのメールで、送信時間から朝家を出てすぐに送信されたことが分かる。昨夜下関駅前で撮った画像が添付されていて、本文には「必ず車に貼ってよ!」とだけ書いてある。  弾けるようにきらきらとした笑顔の帆夏とは対照的に、僕はずいぶんとくたびれた顔をしていて、それでも口元が緩んで微妙な笑みを浮かべていた。随分とおじさんになったものだと痛感しながら、仕方がないのでプリントアウトしてラミネート加工した後、僕は長い一日を終えるべく、車へと向かう。  結局その夜、帆夏は戻って来なかった。
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