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 二週間掛かりきりだった仕事が終わった日の夜、僕はKの家に帰って仕事の道具を全部降ろすと、必要な荷物を詰め込み、キャンプ支度を整えた。  疲れきった身体も心も、全部洗い流してさっぱりしたいと思い、行き先は別府温泉にした。翌朝早い時間に出発して国道十号線を走り、午前中のうちに別府市内へと到着した。  とにもかくにも温泉、ということで、別府八湯のひとつである明礬温泉にやって来た。硫黄のつんとした匂いが漂う湯に浸かって大きく息を吐くと、身体もたましいも、ターコイズに近い乳白色の湯に溶けてゆくようだった。露天風呂から湯煙がもくもくと湧く街並みの景色を存分に楽しんだ後、途中のスーパーで必要な食材を買い込んで、宿泊地である志高湖へと向かった。  志高湖は別府ICから約二十分の距離にある湖だ。キャンプ場も整備されていて、温泉が近いのはもちろんのこと、鶴見岳、由布岳、そして遠くは九重連山の雄大な景色を望み、しかも格安で泊まれるので九州ではお気に入りのキャンプ場のひとつだった。   夏休み中だからか、平日にもかかわらず親子連れの姿がちらほらと見える。フリーサイトにはすでにいくつかのテントが張られていたが、奇跡的に湖のすぐ側の見晴らしの良い平地が空いていたので、そこにテントを設営した。昼飯にミニサイズのダッチオーブンでパエリアを作り、レモンを搾った炭酸水と一緒に素晴らしい景色も味わいながら食事を楽しんだ。  ここは高原地帯なので、真夏とは言え爽やかな風が吹き渡っている。湖の上では父親とふたりの子どもたちがスワンボートに乗っていて、上手く漕げないのか、きゃあきゃあと叫び声を上げていた。のどかな昼下がり、満腹になった僕はすこし休もうと思い、木陰に移動して寝転がったところで、携帯電話のバイブが鳴った。  仕事の電話なら、無視するつもりだった。いまはキャンプだけを楽しみたい。そう思いながら、一応画面を確認した瞬間、僕は目を瞠った。  ドクドクと心臓が高鳴り、携帯を持つ手がかすかに震える。  それは、帆夏からの着信だった。
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