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 液晶画面の名前を見つめたまま、僕は通話ボタンを押すことができずにいた。バイブ音はしばらくの間鳴り続けていたが、やがて止まり、静寂が訪れる。強張った肩の力を抜き、ふう、と大きく息を吐いた。  帆夏はなにを話そうと思い、電話を掛けてきたのか。元恋人とよりを戻した報告か、あるいは、戻って来られなかったことへの詫びか。いずれにせよ、僕にとって痛い話であることは変わりない。  それでも、このまま無視し続けようとは思わなかった。逃げていてはなにも始まらないし、終わらない。帆夏の言う通り、「けり」はとても大切なのだ。  何を聞かされようとも平静を保つ。大丈夫、僕には出来る。そう繰り返し自分に言い聞かせながら、必死で心の準備を整えた後、僕は着信履歴を表示して、通話ボタンを押した。  呼び出し音が鳴る間もなく、『もしもし、伸一さん?』と低く早口な声が耳に届く。間違いなく、帆夏の声だった。 『K駅まで戻ってきたけど、伸一さん、家にいる?』 「……いや、留守にしてる」  予想外の言葉に驚きながら、僕はやっとのことで声を絞り出す。 『え、留守なの? いまどこ?』 「別府だよ」 『別府? 別府って、……あの、温泉の? えっとそれってどこ? 何県?』 「大分県」 『仕事?』 「いや、キャンプ」 『えー、なにひとりでキャンプとか行ってんだよ。俺も一緒に連れてってよ。あーあ、やっと伸一さんに会えるってめちゃくちゃドキドキしながら帰ってきたのに』  と、これまで音信不通だったことを完全に棚に上げて、帆夏は非難めいた口調でそう言ってくる。 『そこってどうやったら行けるの? 電車あるのかな? ……あ、あった。とにかく俺、いまからそっちに行くから、駅まで迎えに来てよ。あ、この後すぐ特急来るって。到着時間は後で知らせるから、じゃあね』  早口でまくし立てられた挙げ句、ぷつりと電話を切られてしまう。
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