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「ポットはここ。冷たい水が入ってるから、自由に飲んで。懐中電灯はここにある。カーテン閉めるけど、暑かったら窓全開にしていいから。一応蚊取り付けておくからな」  自立式の懐中電灯を付け、「眠くなったら切っていいよ」と声をかけてから、帆夏と反対方向を向いて横たわる。帆夏は僕のガイドブックに目を通していて、まだ眠りにつく気配がなかったので、僕は鞄に手を伸ばし、昨日個展で買ったZINEをふたたび取り出して、眺めることにした。  ガイドブックをぱたんと閉じた帆夏が「なに見てるの?」と覗き込んでくる。 「昨日京都に観に行った写真展で買ったやつ」  そう言いながら、僕はページをめくる。砂浜に横たわる、下着姿の青年の写真。目元は両の手のひらで隠されていて見えないけれど、半開きの赤いくちびると、夏の強い日差しが照りつける砂まみれの白い肌がやけに艶めかしかった。 「……えっと、もしかして伸一さんって、そっちのひと?」  と訊ねられる。 「いや、違う。彼の撮る写真が好きなんだ」  そう答えて横顔を見やると、帆夏は例えようもないような、なんとも微妙な表情を浮かべていた。 「何だよ。……だから僕はテントで寝るって言っただろ」 「そうじゃなくて、……残念だなって思っただけ。俺、ゲイだから」  ごく自然にカミングアウトされたから、僕も「あ、そうなんだ」とごく普通に返してみる。 「さて、そろそろ寝ようか」  そう言って懐中電灯を切ろうと手を伸ばすと、帆夏は「えー?」と素っ頓狂な叫び声を上げた。 「いまの会話、なんでスルーしちゃうの? てか、伸一さんこそ気持ち悪くないわけ? 俺に襲われたらどうしようって、そう思わないの?」 「いくらなんでも僕が男だからって理由だけで襲いかかるほど、君は野獣じゃないだろ」 「でも、伸一さん、めちゃくちゃ俺の好みだよ」 「それはどうも」  ひらひらと手を振って、パチリと明かりを消した。 「おやすみ。明日は涼しいうちに出発するから、よく寝るんだぞ」 「……はーい」  ふたたび反対を向いて寝る体勢に入った僕に、帆夏はいかにも不満そうな、思春期の男子のような気怠い返事を返してくる。その声に微笑みながら目を閉じると、ふわりと宙に漂うような睡魔に襲われ、あっという間に深い眠りに落ちていった。
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