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 京都市内を出発したのは、まだ夜明け前のことだった。途中道の駅で何度か休憩を挟みながら黙々と車を走らせていたら、突然視界が開け、夏の強い日差しを受けてきらめく日本海が目に飛び込んできた。 「……すっげー、真っ青」  と、思わずつぶやいてしまったほどに、どこまでも深く青い海と、荒々しく白い波飛沫。その絶景を眺めながら、長い間憧れていたこの景色にようやく出会えたのだと、弾むような気持ちで軽快にアクセルを踏み込み、海辺の温泉街に辿り着いたのは、間もなく正午を回る頃だった。  長時間の運転の疲れを癒すべく立ち寄り湯に入った。温泉の窓からは日本海が一望でき、海岸は多くの若者や家族連れの海水浴客で賑わっている。こんな暑い日に、わざわざ熱い湯に浸かっている自分が、なんだか年寄りのように思えて可笑しかった。  温泉施設の自動販売機で買ったフルーツ牛乳を飲んでから、施設を後にする。外は強い日差しが照りつけていて、ただでさえ火照った身体が焼き付けられるようだ。早いところ車に乗り込んで、エアコンでガンガン冷やしたい。そろそろ腹が減ったし、美味しい昼飯を食べられる店を物色しようか、などと考えながら車に辿り着いたところで、僕はふいに足を止めた。  ボンネットの前に、細い人影が佇んでいる。ナンバーを眺めているその瞳が、僕を認め、人懐っこくにっこりと微笑みかけられた。 「……あの、もしかして、福岡から来たひとですか?」  
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