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 目が覚めて、腕時計を見ると午前五時をすこし過ぎた頃だった。帆夏を起こさないようにそっとテントを抜け出し、まだ夜が明けたばかりの静寂を味わいながら、潮のかおりがする清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。  トイレを済ませてから、バーナーで湯を沸かしてコーヒーを淹れた。ノートパソコンを取り出し、メールチェックをする。仕事関係のメールは二件。内容を確認しながら、頭のなかであれこれと算段をつける。  ちょうどそこへ中年男性がテントの前を通りがかったので、「よかったらコーヒー飲んでいきませんか?」と声を掛けてみた。彼のテントやさりげなく置かれたギアから、相当こだわりのあるキャンパーであることは窺い知れたし、こうやってキャンプ場でたまたま居合わせた人と語らうのもキャンプの醍醐味だと、僕は思っているからだ。  男性はすこし驚いた様子で目を見開いたが、すぐににっこりと微笑んで、「それじゃ、遠慮なくいただいていこう」と、向かいの椅子に腰掛けた。  男性は隣県に住んでいて、大学生と高校生の息子がいるのだと言った。 「昔はよく家族一緒にキャンプしてたんだけどね、最近は彼女とのデートが忙しくて、いまじゃどんなに誘ってもちっとも来やしない。奥さんは奥さんで『あなたひとりで行ってきなさいよ』って、本当に淋しいものだよ」  やわらかな物腰でそう話してはいるが、ひとりの気ままなキャンプを心から楽しんでいることが言葉の端々から伝わってくる。  休日はほぼキャンプという生活を送っているらしく、九州のキャンプ場にも詳しかった。話はお気に入りのキャンプギアにもおよび、男性のサイトに訪れて自慢の逸品たちを見せて貰った。  そこへちょうど起きてきた帆夏が加わると、男性から「コーヒーのお礼に朝食はいかがかな?」と提案されたので、僕たちはありがたくいただくことにした。
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