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 翌朝、早速事務長から見積りの了承メールが届いたので、病院がある福岡市内へと向かった。図面を眺めながらレイアウトを考えたり、介護ソフト会社と電話で打ち合わせをしたりと、一日仕事に没頭して過ごした。他の細々とした仕事も入ってきて、毎日が飛ぶように過ぎて行き、気がつけば一週間が経過していた。  帆夏のことは忘れていようと思いながらも、無意識のうちに一日に何度かは携帯電話をチェックしてしまう。あのパソコンに送られたメール以降、一度も連絡はない。 「きっと元カレとよりを戻したんだな。もう二度と会わないなら、やっぱりあの夜寝ておけば良かったか」などと苦笑いしながら心のなかでつぶやいた瞬間、胸につきりと鋭い痛みが走り、愕然として項垂れた。  どうやら自分が思っている以上に、ダメージが大きいらしい。  仕事の合間に車に戻り、サンバイザーの裏に挟んだ写真を眺める。また抉るような胸の痛みが押し寄せてきて、これはいよいよ重症だなと思い、シートを完全に倒して仰向けに横たわった。 「……この天然タラシめ」  写真の帆夏に思いきりデコピンしてから、サンバイザーの裏に無造作に挟むと、吹っ切るように大きく息を吐いてから、僕は仕事の現場へと戻った。  胸の傷の痛みは、時間の経過とともに必ず癒える。旅の途中、僕は帆夏にそう言った。  痛みや悲しみやが消える訳ではないけれど、毎日すこしずつ薄れていく。まるで原色の絵の具に一滴ずつ水を落としていくように。そしていつの日か、何もかもが滲んで薄ぼんやりとして、悲しみの記憶が遠くなったその時、ひとは癒されたと言うのだろう。  帆夏と過ごした時間は、わずか三日間だ。一緒に旅をして、一度だけキスをした。たったそれだけの関係。かすり傷にすらなっていないはずなのに、なぜこんなにも胸が痛むのか。  と自分に問いかけるまでもなく、答えはとうに分かっている。  僕が、帆夏に恋をしたからだ。  一回りも年下の大学生、しかもヒッチハイクで元恋人に会いに来た男に恋だなんて。我ながら本当に馬鹿らしくて、笑ってしまう。  いまの仕事が一段落したら、すぐにキャンプに行こう。ひとり旅を思いきり楽しんで、帰ってくる頃には何もかもが元通りになる。この胸の痛みだって、きっと消える。  そう何度も自分に言い聞かせながら、僕は残りの仕事に没頭した。
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