446人が本棚に入れています
本棚に追加
2
日当たりの良いテラスのベンチに、俺は先生と隣り合って座った。
チャコールグレーのチェスターコートを脱いだ先生は、白シャツに細身の黒いパンツ姿だ。華奢な身体に、小綺麗な服装。カップ式自販機で甘ったるいカフェオレを選ぶところも、微かに漂ってくる香水の香りも、以前とまったく変わっていなかった。
声を掛けてきたのは先生の方なのに、ばつが悪そうに俯いたまま黙りこくっている。仕方がないので、俺の方から口を開いた。
「今日はどうしてここにいるの?」
敢えてタメ口で話しかける。
「学会のシンポジウムでこっちに来たから」
「ついでに、俺に会いに?」
「ついでって訳じゃない。……ちゃんと謝りたくて」
ようやく顔を上げた先生が、意を決したように、俺を見つめてくる。
「最低なことをしたと思ってる。逃げてごめん。……君をたくさん傷つけて、ごめん」
「……」
「俺は、君のことが本気で好きで、もし本当のことを言えばまっすぐな君はすぐにでも俺から離れて行くだろうと思うと、耐えられなかった。電話を無視したのも、君から決定的な言葉を告げられるのが怖かったから」
「……」
「この前君から引導を渡されて、あの時は正直死にたくなるくらい落ち込んだ。……でも、俺はやっぱり君のそういうまっすぐなところが心から好きだったんだと改めて思い知らされた。こんなことを言っても、君には信じて貰えないかも知れないけれど」
「……」
「……帆夏、本当に、ごめん」
そう言って、先生は深々と頭を下げた。
理知的でスマートな大人の男性。俺の憧れだったひと。
そんな先生の細い身体が、弱々しく震えている。なぜだろう、以前よりも小さく見える。
このひとが、大好きだった。その気持ちだけは、決して嘘じゃないから。
最初のコメントを投稿しよう!