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気付いた時には母は、とても軽く小さくなって、わたしの腕にすっぽりと抱かれていた。
御骨箱というのが、こんなにも軽いという事に、わたしは驚いていた。
「行こうか」
「うん……」
わたしは婚約者の男性に肩を抱かれ、火葬場を後にした。
わたしには、母以外に縁がない。
だから葬儀はせず、わたしの手でしめやかに見送る。
ふと、空を仰いだ。
「え、お母さん? ……っ!?」
晴天の空に、母が浮かぶ。だけど浮かぶのは、母だけじゃない。
母の肩を抱くのは、よく見知った図書館の彼……!
二人の姿は晴天の空に薄く浮かび、その輪郭は吹けば消えてしまいそうに頼りない。けれど彼は、わたしに温かな眼差しを向けていた。
見つめ合う、わたしと彼の視線が絡む。
その時、ひとひらの風が、ふわりとわたしの頬を撫でる。風はわたしの胸に優しい温もりを残し、通り抜けてゆく。
……ああ、そうか。
胸にストンと、理解がおりた。
彼は、わたしの誕生と成長を見る事叶わずに逝った父。
わたしと視線が合えば柔らかに微笑み、いつだってそこにいた。
けれど思い返せば、わたし以外の利用者が彼に目を向けた事は一度だってない。わたしとも間近に顔を見合わせた事は皆無。
いつだって一定の距離をもって、そっと視線を交わすだけ。
そう、わたし達はいつも目線を合わせるだけ。それもほんの一瞬の後、彼の姿は何処かに消えてしまう。
落ち込んだ時、辛い事があった時は、励ますように笑う。嬉しい時には蕩けるみたいに笑う。それはまるで、わたしと一緒になって喜んでくれているかのようだった。
……そう、そうか。
ずっと、見守ってくれていたんだ。
父親らしいことをしてもらった訳じゃない。だけどこの瞬間、わたしの胸は父の深い愛で満たされていた。
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