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祭りの夜に一人の男性が惨殺された。具合が悪いからと家族から離れて休んだ、ほんの数分での出来事だったという。にも拘らず、身元の確認には少し時間がかかった。
無数に刺され、潰され、顔どころか身体すら原型をとどめないほどぐちゃぐちゃにされていたらしい。更に遺体の周りには、白い花が大量に散りばめられていた。
その残虐性と異常性が話題をよんだ。
犯行には時間がかかったはず。犯人も返り血を浴び、花は外部から持ち込まれたもの。人通りの少ない場所とはいえ、皆無ではなかった。だというのに、犯行に気づいた人も、不審者を見かけた人もいなかった。
捜査過程で判明したことは一つ。事件の一月ほど前から行方不明になっていた女性がいた。今回の事件との関係の有無を含め捜査されていたが、一年たった今でも解決したという話は聞かない。
解決することは、ないだろう。
峰君はベッドに寄りかかって座っている。その肩に頬を寄せる。繋いだ手を、何となしに撫でた。
満ち足りてはいるのだろう。けれど、あの時の彼女の表情が焼きついて離れなくて。あの事件の夜、彼女は笑っていた。この上もなく幸せそうに。
その笑顔が鮮烈に残っている。
その残虐さから、犯人は被害者に激しい恨みを抱いていたのではと言われていた。でも、そうじゃない。そんなんじゃないんだ。
だって、あの人を待つ彼女の表情は、恋する乙女だった。恨み辛みは一切なく、ただ恋しい人を待っていた。期待に胸を膨らませて。来るはずなんて、なかったのに。
あの夜だって、彼女はただ喜んでいた。あの人に会えたことを。愛しい人を、永遠に手に入れたことを。
その表情を見て私は………
そっと、峰君から身を離す。頬に触れた。ぐっすりと眠っている。よほど疲れていたのか。薬が効いているのか。その両方か。
私は、羨ましくなってしまった。
愛しい人を永遠に手に入れた幸せが。
憎くてあんなことをしたんじゃない。ただただ愛しくて。誰にも渡したくなくて。誰の目にも触れさせたくなくて。だからぐちゃぐちゃに壊した。それはどれ程の幸福だろう。
時間がたてばたつほど、その思いは強くなった。あの境地に、私もたどり着きたい。だから、
彼に口づけを贈る。きっと私は今、彼女のように喜びに満ちた表情をしているのだろう。どこからか、甘い匂いがする。
包丁を、握りしめた。
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