2人が本棚に入れています
本棚に追加
くちなし
最初はただ、きれいな女の人がいるなと、それだけだった。
夏休みが始まって数日。塾の帰り道でのこと。片側二車線の通りの、反対側の歩道にその人はいた。比較的新しい通りで、夜でも明るい。車通りは少なく、だからよく見えた。
花柄のフレアスカートに赤いシャツ。セミロングの髪は、俯きがちのため顔を隠してしまっている。
バスの停留所も信号もない。この前までは小さな畑のあった、現在では草が伸び放題の空き地。隣家からは茶色く傷んだ花が身を乗り出しているその前に、彼女は静かに佇んでいた。まるで、誰かと待ち合わせでもしているように。
あんな所で何をしているんだろうと、不思議に感じたのをよく覚えている。
彼女はずっと、そこにいた。
毎晩その道を通っているわけではない。けれど暗くなってからその道を通ると、必ず彼女はそこにいた。同じ場所に、同じ服装で。その道を通る度、彼女の姿が目につく。気にしないように、視界に入れないようにと思っても、どうしても視線が向いてしまう。
車通りは少ない。それは人通りも同じだ。けれど、皆無ではない。
彼女の前を人が通ることもある。そんな時、彼女は頭を少し動かす。顔をあげかけて、すぐにまた俯いてしまう。
誰を待っているのか、探しているのか。見つけたら、彼女はいなくなるのだろうか。
違う。そうじゃない。単純に誰かと待ち合わせしているだけだ。ずっとあそこにいるわけじゃない。毎日なのか、たまたま私がここを通る日はいつもなのかはわからないけど。
大丈夫。そんなわけない。そんなことあるわけがない。
だって、今まで生きてきた中で、そんな体験をしたことなんてない。だからこれもきっと違う。きっと季節柄、変な妄想をしてしまっただけだ。そう、自分に言い聞かせていたのに。
決定的だったのは、ある雨の日。
雨の中、彼女は変わらず佇んでいた。朝から降っていたにも関わらず、傘をささずに。それも、濡れた様子なく。
ザアザアと降る雨の音がやけに響いた。強く傘を握りしめる。足が地面に縫い付けられたように動かない。呼吸をすることも忘れていた。
違う。アレは、人じゃない。生きた人間じゃ、ない。
花柄のフレアスカートに赤いシャツ。俯いていて表情は、
ゆっくりと、顔が上がった。
目をそらすことも、逃げることもできなかった。ひたりと向けられた視線。その、表情はーーー
最初のコメントを投稿しよう!