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そのFAXが事務所にやってきたのは、先代のFAXが壊れて数日が経った頃だった。20代の事務員である加藤は、入社前にはFAXなんて昭和の遺物と馬鹿にしていたが、実際にはまだまだ使う場面が多い。先代のFAXが故障してから業務が滞り不便な思いをしていたので、新しくやってきたFAXに加藤は大喜びだった。
「でも、前使っていたものより少し大きいね」
加藤はFAXを眺めてそう言った。社長はヘラヘラと笑い、中古だからね、古いんだよ、と答える。
「でも安かったんだ。使えればいいやと思ってさ。やっぱり、ないと不便だから」
「中古? ちゃんと使えるの?」
「使える使える。大丈夫だよ」
社長は尚もヘラヘラ笑う。加藤はFAXをひとなでして、ふうん、ともう一度呟いた。
加藤の心配は当たらず、FAXは快調だった。何故売りに出されたのかわからないくらいだ。先代のものとは違い、読み取りスピードが早い。初めてその動きを見たとき、あまりの速さに本当に読み取れているのか不安になったくらいだ。
しかし、先代のものとは違い、よく喋る。「FAXできます」「原稿ガイドを合わせてください」「宛先を入力してください」「宛先に間違いがなければスタートボタンか送信開始ボタンを押してください」
そんな風に女性の声でハキハキと逐一案内してくる。すぐに操作を覚えた加藤にとって、女性の声は押し付けがましいお節介に感じた。
加藤とは反対に、社長の奥さんはこのお喋り機能に大喜びだった。親切ねえ、ありがたいわ、とFAXを撫でる。ついにはFAXさん、とさん付けで呼ぶようになった。加藤は呆れ、内心では嘲笑した。「昭和の遺物同士、仲良くしたら!」
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