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加藤は実家で暮らしている。鍵は鞄の中だったが、何度もチャイムを連打し、ドアノブをガチャガチャ回すことで母親を起こすことに成功した。母親は腹を立てながらドアを開けたが、娘の尋常じゃない様子にお説教の言葉は消え、代わりに大丈夫なの? と優しい声をかけた。
「だい、だい、大丈夫……」
まったく大丈夫じゃなさそうな返事をして、加藤は母親を押しのけ家に入った。やっと自分のテリトリー。安心した。心配して世話をやこうとついてくる母親を無視して、加藤は自室に入った。
ベッドに転がり布団に潜り込むと、段々冷静になってきた。あれは、誰かのイタズラではないだろうか?
と、ポケットの中でスマホが短く震えた。さっきの今だ、驚いてはスマホを見る。SMSだ。差出人が事務所の番号になっている。指先が震えた。
「たすけて」
表示された文字にぎゃー! と声を上げ、スマホを布団に投げ出した。けれど恐怖をおしのけて怒りがこみあげてくる。加藤はプライドが高い。
「てめえコラ、昭和の遺物の分際で! 平成の利器スマホ様にメッセージなんか送ってくんじゃねえぞ!」
強い気持ちで怒鳴りつけた。スマホは加藤を嘲笑うかのようにメッセージを受信し続ける。たすけてたすけてたすけて、そればかり、何度も、何通も。
「なによ、なんなのよ!」
叫んだのと同時に、スマホは受信をやめ、静かになった。加藤はおそるおそる、スマホを手に取った。途端、再びスマホが震えた。社長の奥さんからの、メールだった。
「主人と別れてください」
たった一文。加藤はそれで理解した。今までのことは奥さんの嫌がらせだったのだ。加藤を、社長の不倫相手を追い出すための……。
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