第三章

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コツンっ。 踵に固くて丈夫そうなものが当たった。重たい体をゆっくりと起こし、それが何なのか確認する。 学校で借りてから一切見ていない花図鑑だった。 何気にページを開いてみたけどスグに閉じて、充電器に繋げていた端末を手に取った。 300ページあるのを手間かけて探すより、調べたい事柄を検索かけた方がスムーズだと思ったのだ。 「夏輝ー」 携帯画面と花図鑑との両方を吟味しているときに呼ばれた。 「七星くんって子が来たよー!」 「あ!すぐ出るー!」 花のことをまじまじと調べている姿を見られては恥ずかしいので、何事も無かったかのように図鑑を閉じて、画面も消した。 作業をするわけでもないので、私服に着替えて家を出た。体操服に馴染んでしまい、今の格好がやけに落ち着かない。 「なーつきちゃん」 七星くんは作業する気だったのかレインコートを着用している。今日に限って何も無いんだよね。 「あれ、夏輝ちゃん今日は作業お休み?」 申し訳なくて声も出さず頷いた。 「あ、そうなの?じゃあ今日はいつもよりいっぱい話せるんだね」 恥ずかしげも無く、ケロッとそんなことを言えてしまうなんてずるい。 「そうかな」 嬉しいねなんて可愛いこと言えるはずないから、返答に困った。 「あ、雨当たらない所にでも座る?」 継ぎ接ぎで言葉を繋ぐ。 小さな木製のベンチ。その上に素朴に佇む三角形の屋根。 「こんなのあるんだね」 「お爺じゃんが作業の合間に休憩したいから作ったんだって、昔ね」 「よくできてるなぁ」 「そんな見渡しても汚いだけだよ」 「あ、おじいちゃんのことけなしたー」 「違うよ!」 慌てて両手を振るとクスクスと笑う。私も釣られて笑う。もう先程の照れはどこかへ消えていた。 「七星くんよ、七星くんよ」 「どしたの」 「ごっほん」 私は今日調べてた花のことを言いたくて、講師っぽくごほんと咳払いをしてみた。本当はここで眼鏡なんかもあげちゃったりしたいわけで。 「今からわたくしの講義をよく聞き」 「ん?講義?」 おかしい様子を見たように、くすりと笑う。 「そこ!笑うでない」 「わかったよ」 「君の誕生花はご存知か?」 「知らないです、先生」 「うむ、そう思ってなわしが調べてきたんじゃ」 言われた本人は不思議そうに首を傾げている。 「名前はミモザ。マメ科の花らしい」
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