5月

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田村涼一の両親が離婚したのは昨年の冬の事だった。 冬休みの初日、引っ越し作業に追われたのを季節を越えた今も不服に思っている。自分名義だから、という理由で父親はひとり自宅に残り、母親と涼一は住み慣れた家を離れ、家賃の安さ優先で契約したアパートで新しい生活を始めた。 落ち着かない冬休みではあったが、仕事ばかりで意思疎通の出来ない父親と別れ、通学時間が大幅に短くなった事を思えば涼一としてはそれほど悪い事ではなかった。 正直あの酷く澱み、重苦しい空気から解放されるだけで十分だった。 幼い頃から自己主張が苦手で、他人に従順であった涼一はこの時もまた、ただ成り行きを見守るのみだった。 『好きにすればいい』 関係の冷え切った両親を横目で見ながら心中で吐き捨てた。しかしそれは両親の顔色を窺っているだけに過ぎなかった。 リサイクルショップで買った二人掛けの小さなダイニングテーブル。所々うっすら傷があったが、家に置いてしまえば気にならなくなるだろうと言って持ち帰り、気付けば本当にそうなってしまった。 馴染んでしまえば何ともない、なのに。 細い花瓶に挿したピンク色のバラはいつの間にか色褪せ、枯れていた。その花であったモノに父親の姿を思い出す。家族に背を向けてソファーに座る父親を冷ややかな目で見ていたのを涼一は未だ昨日の事の様に覚えている。その姿は自分の思い通りにならず駄々をこねる子供と同じだった。 「チッ」 涼一は小さく舌打ちをすると枯れた花を手荒に掴み、ゴミ箱に押し込んだ。ちょっとした事で苛立つのは父親と同じかもしれない、そう思うと余計に苛立ち、自分の中の奥底で炭火の様に熱を持ち続けた。 母子家庭となった今、進路変更を考えなければならない。何の資格も特技もない、どこにでもいる平凡な高校三年生である涼一は、気持ちは焦りながらも漫然とした毎日を送っていた。 進学か就職か。進学、就職。進学就職。 これだという目標さえ持たず、行き先を見失った船の様に広い海原を独りでゆらゆらと揺れていた。 実際は狭い世界を生きているのだけども。
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