[近未来]の探求者

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 しかし同時に、時輪氏は偏屈な面も持ち合わせていた。  この男は、常に[物理方程式]のようなものを書き続けていた。  研究の時間は当然として、食事の時もノートパソコン或いはメモ帳を常に置き、何かを思いつくと、すぐにそれを書き記していた。噂では、用を足しているときや、寝ているときでさえ、夢の中で[式]を垣間見た瞬間目を覚まし、狂ったように書き記すと云われている。  しかも、たまたま物理に覚えのある人物がその内容を覗き込んだところに依ると、それは、長大ではあるが、明らかにひとつの[ある一定の法則に基づいた式]らしいとのことであった。  ある企業の研究室に就職した理由も、「自由な研究時間が与えられる」と誘われたからと云うことである。  そして、時輪氏の組み上げた[物理方程式]こそ、〈未来予知プログラム〉の根本となるものであった。  しかし、企業は時輪氏の功績を取り上げた。  彼の発明であることを認めず、特許権すら企業のものとしたのだ。  一応、それなりの賞与(と言う名の口止め料)が支払われたものの、これから企業が得ることになる利益と比べれば、微々たるものであることは言うまでもない。  結局、時輪氏はその企業を退職した。    私はさる筋からこの事実を知り、興味を覚えた。  同時に、時輪氏に、企業を相手取った訴訟を持ちかけたりもした。  あわよくば、裁判の過程を取材し、それを纏めて出版することを目論んだのだ。  これは自分の野心の為でもあるが、結果的には時輪氏の為にもなる。  自分の研究が横取りされたまま黙っている研究者なんて居るはずもない。  これは、彼と私の、勝訴を目指した共同戦線の記録である。
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