前書き

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 諸君は、『ヘンゼルとグレーテル』というグリム童話をご存知だろうか。飢饉(ききん)という時代背景のもと、とある冒険を通して成長し精神的な自立を遂げていく幼い兄妹の物語だ。この話をまったく知らないという人はないと思うが、念のため、「青空文庫」というウェブサイトに掲載されている楠山正雄(くすやままさお)の訳をおすすめしておく。  ところでこの童話、我が国の昔話に似たものがあることにお気づきだろうか。問題は話の終盤、兄妹(きょうだい)が魔女をやっつけて家へ帰る箇所で、彼らが魔女の家にあった財宝を持ち帰っていることである。そうして彼らは鴨の背に乗って川を渡り、意気揚々と家へと帰っていく。―― そう、彼らは悲劇の兄妹などではなく、神によって救われた善良なる弱者たちでもなかった。幼いながらも、森の魔女を退治して財宝を持ち帰り家をうるおすという、われわれのヒロイズムを刺激するに十分な功績を残した、たいそう立派な主人公たちだったのだ。  もうおわかりではなかろうか。これに類似する日本国の昔話、それはすなわち『桃太郎』だ。この『桃太郎』という昔話は、これも前述の楠山が本にしているが、「青空文庫」にはこの本のほかに、かの大作家芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)の書いた『桃太郎』も掲載されている。  ただし、芥川の『桃太郎』は、パロディである。偉大なる作家は『桃太郎』のヒロイズムを冷静に見つめ、批判している。そこで私は考えた。『桃太郎』でそれが可能ならば、『ヘンゼルとグレーテル』でもできるのではないか、と。よって私は不遜にも、この大作家の真似事をするにいたったのだ。
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