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「兄さんはご存知ないかもしれないけれど」
ヘンゼルのおかげで命拾いをしたグレーテルは、けなげな気持ちを取り戻して、兄に言いました。
「この森には、人間を食らう魔女が住んでるっていううわさがあるのよ」
ヘンゼルは青ざめて、
「それはいけない。早くここを抜けだして、家へ帰らなくては」
そういう兄に、グレーテルは言いました。
「だめよ兄さん。そんなことをしたら、お母さまとお父さまはまた別の手を考えなくちゃならなくなるわ」
グレーテルは、その幼い両目をかがやかせて続けます。
「お母さまとお父さまがこんな仕打ちをなさるのは、けっして私たちが憎いからじゃないのよ。だって、お母さまもお父さまも、今までそれはよくしてくださったじゃありませんか。最後の最後まで、ご自分よりも私たちのほうへ食べ物をまわしてくださって」
「それはそうだ。でもとうとう、あの人たちは僕らを見捨てることにしたよ」
「そうよ。でもそれだって、お母さまとお父さまにとってはおつらいことだわ。きっと、見捨てられる私たちのほうよりもよ。だから私たちは ―― ねえ兄さん ――、お母さまとお父さまへの恩返しのためにも、あの人たちが私たちを見捨てなくて済むようにしてあげるべきなんだわ」
しばらくのあいだ、ヘンゼルは黙って考えました。
「でも、どうやって」
「簡単なことよ。魔女を殺して、宝物をうんと持ち帰ってあげればいいんだわ」
「魔女退治か」
「そう。そうすれば私たち、英雄にもなれるし、これでもうお母さまやお父さまに悲しい決断をさせなくても済むのよ」
「名案だよ、グレーテル」
兄妹はよろこんで抱きあいました。
幼いふたりのヒロイズムは彼らの肢体に若い力をみなぎらせ、落とし穴の壁をのぼらせました。目の前には一筋の道が見えていて、彼らは力強い足取りをもって意気揚々と歩きだしたのでした。
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