4. 赤い果実の目覚め

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4. 赤い果実の目覚め

サラサラと暖かい風が、頬を(くすぐ)る。 白く淡い光が(まぶた)を覆い、さながら天国に居るかのように玖遠を穏やかな心地にした。 誰かが、横たわる玖遠に触れる。 柔らかく頬に触れ………… 髪を撫でる手の感触が、心地好い。 自分は、何処に居るのだろう…………? 目を閉じたまま、深く吸い込んだ空気に、 青々と(しげ)る若葉の香りが混ざり込み………… 玖遠は、その場所が何処であるかを 理解する。 ――――――あぁ………あの丘だ。 小夜子と過ごした秘密の場所。 森林公園の奥にある、小高い丘の上が、 二人のお気に入りの場所だった。 丘の上の大きな木の根元で………… 二人は良く、のんびりと過ごし、他愛のない 会話をした。 懐かしい香りに、その暖かさに……… 胸が締め付けられる。 何だか、今は目を開けたくない。 目を開けた瞬間………… この幸福に満たされた感覚が壊れてしまいそうな気がする。 余りの心地好さに、このまま眠ってしまえたなら、どんなに幸せだろうか、と思う。 「………玖遠、起きて…………」 優しい声で、眠りの終演を(うなが)される。 少しひんやりとした手が、髪から流れ、 再び、玖遠の頬に触れる。 小夜子の鈴の音のような笑い声が聞こえる。 「……………ほら、起きて。 寝たフリなんてしないで」 確かな感触を求めて、玖遠は小夜子の手を握る。 その柔らかさを感じ、目を閉じたまま穏やかに微笑むと………… 玖遠は何だか、泣きたい気持ちになった。 少し潤んだ(まなこ)で……… ゆっくりと(まぶた)を開く。 そこには変わらぬ小夜子の笑みがあった。 「…………ようやく、起きた」 小夜子は嬉しそうに、無邪気な笑みを浮かべる。 「…………もう…………おしまい」 (……………オシマイ……………?) 「…………いつまでも寝ててはダメ。 貴方には、やるべき事があるでしょう?」 (…………やるべき………コト…………?) 「…………玖遠………… に居ては駄目だよ―――――――」 ……………………? ある事に気付き………… 途端(とたん)に頭から冷や水を浴びせられたような 衝撃が走る。 ザワ、ザワ、と………… 肌の粟立(あわだ)ちと共に、 草木が揺らぐのを感じる。 サラサラと流れる小夜子の髪が……… 静かに流れる無音の風が…………… 玖遠に無常を突き付ける。 (…………そうだ…………… 此処は…………この丘の(ふもと)は…………) 小夜子と過ごした、秘密の丘――――― その(ふもと)には、 (よの)(もりが)(はら)森林公園が広がる。 其処には季節を問わず、希少種である 『永彼岸花(ながらひがんばな)』が咲き誇り―――――― 小夜子が愛した、あの赤い花に囲まれた 森の奥で…………… ―――――――小夜子は、殺された。
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