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「…………お前さんのアイデアに賛同はしない迄も…………一理あるな」
何か決心した様子の先生に、亜子は表情を強張らせる。
「……………ま……まさか、先生…………
……………………玖遠君を――――――」
畜生を見るような眼差しを向けられた先生は、自分が如何に教え子から信頼されているかを悟り、深く溜め息をつく。
「亜子よ―――――、
見損なうな。
『一理ある』と言ったのは、肉体と魂の繋がりに関してだ。
肉体の状態が魂に影響し『独居房』を揺さぶる――――――
この一点にのみ、同意したんだよ」
徐にポケットに手を突っ込むと、先生は何か
黒くウネウネ動くものを取り出した。
――――――――『蛭』だ。
それを玖遠の首筋にピタリとくっつけると、
みるみると膨らんでいった。
良く見ると、血管の中を蠢いていた蛆達が、
少しづつ弱り、吸いとられて行くようだ。
(…………こんな気持ち悪いモノを、
ポケットに入れていたのか―――――!?)
アルカヌスは、玖遠の様子よりも先生の
ポケットの中身の方が気になっていた。
「…………肉体と魂の繋がり迄は、断たれていない。
小僧を連れ戻す術は、まだ見付からないが…………
今は、少しでも、小僧の肉体の回復に努める他、ない」
そう言いながら、ピタリ、ピタリ、と
1匹………また1匹と蛭を玖遠に張り付ける。
この光景を見たら、玖遠はどう思うだろうか……………。
なかなかシュールな絵面にアルカヌスは
微笑する。
「…………体に傷が付いた訳ではないから、
閉じ込められた魂の救出ばかりに気が向いていたが……………
そもそも、この蛆は実態のある怪物でなく呪詛の類いだろう。
肉体を死に到らしめずとも、苦しめる位の効果はある筈だ。
呪詛の類いだからこそ、こうしてコイツらが
吸い取る事が出来るのさ」
ちゅうちゅう呪いを吸い出した黒い蛭は、ある程度、膨らむとコテッとヘタり込み、それから黒い煤のような煙を吐き出しながら消えて行った。
先生は『追悼』するように、蛭の消えた指先を目の前に掲げ、瞼を閉じる。
「応急処置だから、根本的な治療にはならんがな。
…………しかし、お前さんの言う通り、
肉体と魂の繋がりが断たれてはない以上、
互いに作用し合うだろう。
…………だったら…………
少しでも肉体への負荷を取り除く方が先だ。
肉体を殺してみるなんて大博打を打つ前にな」
静かに………痙攣が治まりゆく玖遠の姿に亜子は、ほっとしていた。
まだ、彼の意識は戻ってないが、少しづつ彼が『死』から遠ざかって行く気がした。
「アタシの守護が打ち破られたりしなければ…………」
アデイルが微かに漏らした言葉に、彼女の心中が現れる。
普段は気の強い彼女だが、意外と気にしいなのだ。
「別に打ち破られた訳じゃないさ」
先生はアデイルを気遣い、優しい口調で語る。
だが、アデイルは頑なだった。
「…………だって、アタシ…………
あの子をゼノスの視界から遠ざける術はかけてあるもの。
あの子の気配を薄めた筈なのに……
こんな…………
こんな直ぐに、あの子が捕まるなんて――」
肩を落とし、普段は美しく広がる彼女の両の翼が今は萎んでいた。
亜子は、その翼を撫でる。
先生は続けた―――――。
「それは、その男―――――、
白真根とかいう奴が『半人』に成り果てておったからさ。
知っての通り、稀ではあるが、時折、ゼノスと融合し、『人間』の枠組みからはみ出る奴がおる。
そういう輩は、己が別次元の存在になる事で
人間を視認する事も、人間から視認される事もなくなる」
―――――『水』が水のままであるなら溶け合えるのに…………
『油』になってしまったが故に、水から弾き出されてしまう―――――
亜子は、昔、先生から教わった言葉を思い出した。
『人間』が人間の枠組みを超えると、得る力も壮大なものとなるが………
同時に、誰の目にも映らぬ亡霊のような存在になってしまう…………。
その話を聞いた時……………
亜子はゾッとしたものだ。
「…………そうか…………
その白真根という男は永らく玖遠君を目にしていなかった…………
だけど、玖遠君がアルカヌスと契約した時…………
一瞬だけど『暮碑途』が開くから………そこで玖遠君の気配を感じ取ったんだ…………」
優秀な教え子の解答に、先生は少し誇らしげだった。
先生は、深く頷きアデイルに向き直る。
「アデイルちゃんが術を施す前に、奴は
感じ取っておったんだよ。
小僧の気配に……………。
それでも、人間の枠組みから外れ………
行き場を失い『暮碑途』をさ迷っていたなら………
勝手の違う『牢窟界』で、すんなり小僧の
居場所を特定出来る訳ない。
この蛆…………
単なる呪いというより…………
アデイルちゃんも小僧に付けたような目印の
意味合いが強い。
ほら…………
自分から這い出た蛆から白い線が延びてるだろう………?」
蛭から逃れ、自ら玖遠より離れた蛆は…………
どうやら肉体を離れると脆弱ならしく…………蛭と同様、白く煙のように消えて行った。
…………只、一つ蛭と異なる点は…………
蛭が黒く霧散したのに対し…………
蛆は白い糸のように、何処かを目指して消えて行った点である。
「…………こうやって、あちらもGPSを付けているという事は…………
それだけ、簡単には見付け出せないという事さ。
それを、さほど時間を置かずに見付け出せたという事は…………
誰かが、白真根を手招きした…………
そういう事だろう」
人間の中にも玖遠の敵が居るのか………
はたまたゼノスの中に、それを行った者が居るのか……………
それは定かではなかったが、
玖遠のこの先も続く苦難を思うと、
誰もが心中穏やかではいられなかった。
「………先生…………
この蛆から『糸』を辿って
玖遠君の居場所を突き止められないかな………?」
亜子の問いに、先生は深く溜め息をつき、
頭を振る。
「…………無理だな。
『暮碑途』は広大な上に、不定形だ。
あらゆる次元や空間が入れ替わる中で、
小僧の魂まで辿るのは無理がある。
例え、この蛆ら全てから残滓の糸を紡いだところで不可能だろうよ」
痙攣は大分、治まり………
静かに、眠るような玖遠の『空の肉体』を前に――――――
未だ、彼を救う手立てが解らずにいた―――
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