1. 死の残り香

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1. 死の残り香

飢えていた…… 男は、飢えていた。 言い様の無い虚しさと渇きを抱えたまま、男は、早朝の繁華街をふらついていた。 賑わいは消え、赤やピンクの照明に照らされた深夜の妖しさも消え、正常な空気を取り戻した早朝の、その街は、いっそ不気味な程の静寂に包まれていた。 終電間際ですら、あれ程、人で溢れかえっているというのに、早朝ともなれば、人っ子一人、通りやしない。 まるで、この世界から人が居なくなったかの如く、深夜を徘徊する宛てのない人々は鳴りをひそめていた。 散々、飲み歩き、遊び歩いたというのに、男の飢えや渇きを満たしてくれるものは何も無かった。 人として禁じられた……あの『行為』以外には……。 (ダメだ……、 あれだけは駄目だ…………) 地の底を這うような(てい)たらくぶりを踏まえても尚、かろうじて『人間』であろうとする己の不様さに泣ける。 いまさら、真っ当な人間になど成れるものか……。 込み上げる失笑と、滲む涙を抑え、男は覚束無(おぼつかな)い足取りで()を進める。 どうやら、昨夜のアルコールが、まだ抜けてはいないらしい。 蟒蛇(うわばみ)でもないくせに、我を忘れる為に無理矢理、腹に流し込んだアルコールの(たば)が、今尚(いまなお)、男の体にまとわりつき、抜けない。 全身に蜘蛛の糸でも絡んだかのように、(おの)が肉体すら(まま)ならぬまま、よろよろと歩き出す。
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