67人が本棚に入れています
本棚に追加
ガンガン、ズキズキと……
岩で殴り付けられたかのように痛む頭を抱えながら、朦朧と意識を手離しかける。
ズルリ………ッ
転ぶ、一歩手前で踏み止まり、足元を確認するよりも前に、酸えた臭いが男の鼻腔を劈く。
覚えのある……独特な、あの嫌な臭いだった。
「……クソッ!!
チクショウが………ッ!!」
残されて、それほど時間は経っていないのか……
マナーの悪い酔っ払いの吐瀉物を踏みつけてしまったようだ。
生乾きの吐瀉物は渇いた表面が剥がれ、漂う臭いに吐き気がする。
普段なら、そんなものを踏みつけるような間抜けな真似はしないが、眩暈と頭痛が男の自慢の嗅覚を鈍らせたらしい。
数歩、よろよろと歩いた後、男もまた、胃の内容物を吐き出してしまった。
……と言っても、空腹時に無理矢理アルコールを流し込んだものだから、ほとんど固形物は無く、アルコールと男の胃酸のみがドロドロと溶け合っていた。
血でも混ざっているのか、少し赤みがかったドロドロを眺めていると、あの『愉悦』を思い出す。
そんな自分に嫌気がさして目を逸らすと、綺麗な空色のワンピースが目に入った。
空のような鮮やかな青に、舞い散る小花柄……
どうやら、自分は若い女性の洋品店の前で粗相をしてしまったらしい。
わざとではないとはいえ、およそ自分に似つかわしくない場所にてマーキングをしてしまったものだと思う。
もう少し時間が経って若い店員が店を開ける際、自分の粗相によって気分を害するであろう事を思うと、何故だか、にへらっとダラシのない不気味な笑みを浮かべてしまう。
「ゴメンよ……」
ほとんど謝意の籠らぬ渇いた言葉を吐き捨てて、洋品店の鮮やかなオレンジ色の壁に触れる。
滑らかで、上品な触り心地だった。
最初のコメントを投稿しよう!