夏の夜

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嘘だろ。引き返してきやがった。こっちは結構、飛ばしてんだぞ。なんで追いついてんだよ。 男は決して振り返ることなく、ほとんど全力で走った。太ももとふくらはぎの筋肉が悲鳴をあげる。 キー、キー、キー、キー そんな男の努力もむなしく、自転車を引き離すことができない。 なんでだよ、なんでだよ。 キー、キー、キー、キー ヤバイ殺される、殺されるまじで。俺、顔なんか見てないのに。 ブチッ 男の筋繊維が限界を迎え、切れた。 脚がもつれ、男の体はバランスを失う。 終わった。俺の人生。 転ぶ刹那、走馬灯が見えた。色んな人の顔が浮かんだ。もっと親孝行しときゃよかった。片想いのあの人にアタックしときゃよかった。昨日、食べたかったアイスなんで我慢したんだろ。 ああ、もう好きにしろよ殺人鬼。もう動けねえよ。 男の体は地面に打ちつけられた。 どこかで気まぐれな蝉が鳴いた。 あれ?まだ?殺人鬼は? 男は周囲を警戒しながら、そろりと立ち上がる。全身に疲労を感じる。 男が倒れていたのはあの雑木林の前だった。
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