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目を開いて駅に降りると初夏の鋭利な朝日が網膜に染みた。気怠さを噛殺しながら自分は一層、身を引き締めようと自戒した。実際に胸元を引き締める女性下着が心を鋼に変えてゆく。
客観的に見て、自分は変態だろう。上下共に苔色で統一した女性下着を纏いその事実に高揚さえしているのだから。
恐らくは生地からして相当に違うのだろう。女性用のパンティはそれまで着ていたトランクスとは違い、吸い付く様な滑らかな肌さわりで臀部を母の抱擁の様に包み込んでいる。そして胸元を引き締めるブラジャーはそのまま心を引き締めるかのよう。
魂をより清廉足らんと練磨し自分は今日も学業に打ち込む。
自分がこの“覚醒”を迎えてから早一月。どうやらまだ学友たちには気付かれていないだろうが時間の問題だろう。実際に電車の中では一駅前までは微かな視線を感じた。当たり前だ。薄着になるこの時期なのだから周囲に知れるのは時間の問題だろう。
だがそれこそ自分の望むところである。
昔から自我の希薄さが厭で厭で仕方が無かった。何事にも揺らぐことの無い絶対の己を渇望してやまなかった。
だがどうあがいても己の胸中は空虚な伽藍堂のまま満たされることは無かった。
あの男と出会うまでは。
「うーす。おはようインチョー」
教室で一限の準備をしていると長髪の同級生に声を掛けられた。
「ああ、おはよう秦くん」
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