stir

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――変態。一瞬そんな言葉が頭をよぎった。だが彼は自分の視線に事も無げに答えた。 「これを付けていると身が引き締まる思いなんだ」  穏やかにそう告げると彼は携帯電話で仲間を呼び出しガスマスク達を警察署まで連行した。本当に何事も無いように、後から来た彼の同僚たちもそれは普通のように振る舞っていた。周囲の視線など意にも介さぬその威容に自分は己の求めていた物の片鱗を垣間見た。  己は己だ、そんな無言の咆哮を前に自分は自分の浅薄さを恥じた。  己が無く撓み薄いというのならばそれを引き締めればいいだけ、簡単な理屈である。  ちゃちな模倣である事は理解している。それでも自分は彼に憧れずにはいられなかった。あの不動の超人に。だからあの夜以来、自分は女性用下着を身に纏い、夜の街を見回っている。無論、蛮勇を奮う気はない。怪しい現場を見つければ警察に通報するだけだ。それでも当てのない彷徨は誇りある警邏へと変わった。     
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