1人が本棚に入れています
本棚に追加
今でも脳裏に思い描くことができる。とある強豪校の、2年生の女子シングルス。
初めて見たその試合で、その人は勝利した。
試合が終わった後、うなだれる相手選手と、対照的にその人の周りに駆け寄る部員たち。諦めの顔と慰めの顔。泣き顔と笑顔。交わされる握手。その人は空いた手でネットをまくっていた。
心臓が息を吹き返したようにどきどきしていた。
今でも、思い出せる。
呼吸がしやすい渡り廊下の端をふらふらと歩いていたらスピーカーにプツッと電源の入る音が聞こえた。
「ただいまの時間を持ちまして、男子・女子シングルス、ダブルス全てのベスト4の試合が終了いたしました。3位決定戦に関しましては、20分後の15時ちょうどから開始いたします。」
対戦者の学校名と名前が順に呼ばれ、その中に私の学校名があった。男子の方の先輩方がまだ勝ち残っているのだ。少しだけ、興味がわいた。
少しだけ、ラケットを握ってサーブを飛ばす自分の姿が想像できた。
あの日、私は私の理想と出会った。
「ちょっとー、菱沼さん?聞いてる?」
名前を呼ばれて、瞬きをした。
「すみません、聞いてませんでした」
もう、と先輩はつやつやのグロスをのせた唇を尖らせた。
「明日のお昼、一緒に行かない?」
「あ、はい。ぜひ」
さらりと零れる髪は焦げ茶色で、品のいい染め方をしているなと思った。
先輩は満足した様子で再びキーボードをたたき始めた。
裸の爪を見下ろして、たまにはマニキュアとかもいいかもな、なんて胸の中で呟いた。
ふと窓の外に視線を向けると、青一色の空にチョークを薄く引いたような飛行機雲が、一本、ゆったりと横たわっていた。
最初のコメントを投稿しよう!