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昔、夏に出会った少女
忘れられない女の子がいる。
小学生の頃に出会った女の子だ。
社会人になって、働き始めた今でも思い出す。
不思議な女の子だった。
その子を思い出すのは決まって夏の日だ。
太陽に肌を焼かれて、滴る汗をぬぐった時、蝉の声に、ふと気づいた時。
俺の心は、女の子と出会った日へと戻る。
虫取りへと向かう道の途中。
田舎の、軽トラが離合もできないようなあぜ道に立っていた女の子。
白のワンピースに麦わら帽子、黒いおかっぱのかわいらしい女の子だった。
「こんにちは」
そう言った女の子に、俺はなにか漫画で読んだセリフを投げかけた。
女の子は、にっこりと笑いかけると、スカートを翻して歩き始めた。
俺は、女の子についていこうとして、
ミーンミンミンミンミンミンミンミーンミーンミン
「うわ!なんだ?セミ?止まってんの?背中に!」
突然俺の背中で泣き出したセミに驚いて、あたふたしているうちに、女の子はいなくなっていた。
近所の人に聞いても、女の子の正体は分からなかった。
その後、親の仕事の都合で都会へと引っ越した俺は、あの田舎の村には一度も帰っていない。
あれは、ほんの一瞬ではあったけど、確かな初恋だったのではないかと今でも思う。
あの時、セミがいなければ、女の子を見失わなければ、俺はどうなっていたのだろうか。
澄み渡った夏空の遠い彼方に思いをはせる。
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