もう何も感じない

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怒声が辺りに響いて騒然となっている。 羽田の子分達が、仁義外れの坂崎マサオに一斉に飛びかかって取り押さえている。それが、権堂からもはっきり見えた。羽田の子分達から銃を取り上げられた坂崎マサオ。殴られ蹴られ、ぼろ雑巾のような姿になった坂崎マサオ。そんな憐れな坂崎マサオと権堂タケルは目が合った。坂崎マサオが、権堂タケルから視線を逸らさずに、目を爛々とさせて唾を吐いた。 「この外道め。覚悟は出来てんだろな」などと、羽田の子分達が口々に怒号を発しながら、坂崎マサオを執拗に殴り続けている。 やがて、坂崎マサオが黒いクラウンの後部トランクに押し込まれた。すぐにトランクの蓋は閉められた。そのままクラウンは急発進し、坂崎は何処かに連れ去られた。この時点で、権堂の意識はまだはっきりしていた。だが、権堂タケルの身体から噴き出す血液は、まるで怒り狂った噴水のようだった。 三十年前、家の表札に殴り書きされた文字、「クソ野郎死ね」が目の前に浮かんでは消えた。だんだんと少しずつ、意識が遠くなってゆく。 「叔父貴、叔父貴、権堂さん。今、救急車が来ますから、気をしっかり持って下さい。眠っちゃ駄目です。権堂さんっ!」 すがり付いてくる羽田の子分達の声は、もはや権堂タケルには届いていなかった。 「同じ歳か……」 それが、権堂タケルの最後の言葉だった。 しかし、権堂タケルの最後の言葉の意味を知る者など、誰ひとりとしていないのだった。 了
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