夏空の下で漂う

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 去年の夏もとても暑かったのに全然設置されなかったクーラーが、ついに教室に設置されることになった。まずはうちのクラスに。それから理科室など特別教室に。 「小野田のおかげだなー」  遠山くんの言葉に、小野田くんが困ったように笑う。  なぜうちのクラスに真っ先に設置されたかというと、小野田くんが昇華病に罹ったからだ。  昇華病は地球温暖化に伴い発生したと言われる現代の病で、ある一定の温度になると体が気体となってしまう病だ。症例は少なく、未だに治療法は確立されていない。私も、実際に罹った人は初めて見た。  昇華病の患者の生活区域、学校や会社、もちろん家については冷房が必須となる。冷房の設置には国から補助金がでるらしい。だから、うちの学校にもクーラーがついた。  うちのクラスからということに余所のクラスの子は不満を抱いているらしいし、当の小野田くんは肩身が狭そうにしている。でも、涼しくなったのは本当にありがたい。  昇華病の人が気体になる温度は、人によって違う。 「僕の場合、39度だって」 「39度はそうそうならないよなー。猛暑じゃん」 「外の気温もだけど、小野田自身の熱でもダメなんだよな?」 「うん。今年からはちゃんとインフルエンザの予防接種しないとダメだね。熱出したらアウト」 「あー、そっか。大変だなー」  小野田くんは額の熱冷ましシートの端をいじりながら、 「でも僕はまだマシな方だよ。37度っていう人もいるらしいから」 「え、ちょっと具合悪いとそれぐらいになるよな?」 「うん、その人は常に保冷剤とかで冷やしているらしい」 「うわー、厄介」  男子のそんな会話を聞きながら、私は窓の外を眺めていた。次の時間の体育の準備をしている子たちがいる。外は暑そうだ。  こんな気温の高い日に、小野田くんが外で運動することはもうないのだろう。我が水泳部の、エースだったのに。私たち三年生にとって、最後の夏なのに。最後の、大会なのに。  目を閉じると浮かびあがる、彼の綺麗な背泳ぎのフォーム。あれを見ることは、もうないのだろう。
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