白波の君

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 正直に言って、私は、はじめは異界というものに懐疑的だった。しかし、この地に着いて、初めて「流れ神」を見たときに、その認識を改めることになる。  あまりにも美しかったのだ。  私がこれまで目にしたどんな宝石よりも、芸術品よりも。  それは強い引力をもって、異界の存在を、文化を、生命を、私に語りかけてきた。 理解することはできなくても、感じることができた。遠い海の向こうで、私のまだ見ぬ誰かが、何かが、たしかに息づいているということを。  自信の境遇への失望から、目に映る何もかもが真っ白になった世界でーー「流れ神」だけが、確かに鮮やかな色彩を持って、私の心を魅了した。  それからというもの、私は浜辺に居座り、はるか水平線に目を凝らすことが日課となった。  あの海の向こうから、次はどんなものが流れ着くのだろうか。異界では、いま何が起こっているのだろうか。  期待という名の妄想を膨らませ、私はひたすらに待ち続けた。  ……そう。  私はただ、海の向こうを想像して、流れ着くものを待ちわびて、それで満足していただけだったのだ。  ――白波に揺られて、あの「流れ神」がここに辿り着くまでは。
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