白波の君

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 私がその「流れ神」と出会ったのは、この浜に来てから三年が経とうとしていた、ある日のことだった。  淡く陽の光を反射しながら、ゆっくりと私の方へと流れついたそれは、櫛のような形をしていた。材質は木のようだったが、歯の部分はしなやかで、すぐに優れた品だということがわかる。  持ち手の部分は白と黒の斑模様をしており、これもまた見たことがないような柄だった。  海を渡ってきたというのに、その「流れ神」はつい先ほど作られたばかりのように艶やかで、傷ひとつ付いていなかった。 「ん……?」  そこで、私はふと、あることに気がつく。  その「流れ神」の片面に、三つの文字が刻まれていたのだ。  異界の文字など、普通なら読めるはずもないがーー私は三年前、「流れ神」に魅せられてからというもの、都の学者のところにそれを運ぶたびに、少しずつ学者から異界の文字について教わっていたのだ。そのおかげで、今は簡単な文章くらいなら読み書きができるようになっていた。  一つ目の文字が表すものは、「(なみ)」。  二つ目と三つ目の文字が表すのは、「(しろ)」。 「白波(しらなみ)……」  思わず、私はそうつぶやいていた。  特別に、変わった意味のある言葉ではない。――ただ、その文字列から発せられる魔力のようなものが、体の隅々へと穏やかに伝わるような感覚がして、私は静かに目を閉じた。  私が「流れ神」を拾って、そのまま立ち尽くすのは珍しいことではない。ただ、他の「流れ神」が、雷のような衝撃をもって私を貫くのとは違いーーこの「流れ神」は、静かな海のように私の心を満たす、そんな不思議な魅力を持っていたのだった。
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