溢れた世界 参

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溢れた世界 参

「それでは頂くとしようかの」  いよいよ間近に生首が迫ったところで、ぱんとひとつ、手を叩く音がした。カガリだ。  完全に意識を私に向けた生首たちの気を、何とか引こうとしたのだろうか。  反応がないと見て、もう一度繰り返す。静まり返った薄闇に染み込み、すぐに消えてしまう程度の、わずかな抵抗に見えた。  生首はちらりと一瞥をくれたが、「大人しく待っておれ」と囃し立て、けたけたと笑っただけだった。  両手を大きく開き、打ち合わせた三度目。空気が変わった。  眩いばかりの光が溢れ、ちょうど私の目の前から、生首二つを隔てて半透明の膜が張ったのだ。 「何とか成功……かな」  異変に気付いた首たちが、体当たりしても、かぶりついても、膜はしなるばかりで裂けることはない。 「おのれ、何をしおった」 「見てのとおり、結界張らせてもらったの」 「ねえ」 「ん?」 「どうして、そっち側にいるの」  カガリが張った結界とやらは、確かに効果があるらしい。  問題は本人も、生首たちに混じってその内側にいることだ。 「いやあ、さつきちゃんを締め出してこいつら閉じ込めるには、立ち位置的に僕も入るしかなくて」  怒りに満ちていた首たちの顔が、ぐにゃりと歪んだ笑みに化ける。 「ほほほ、浅はか浅はか」 「そんな感じだから、今の内に逃げてくれると嬉しいんだけど」 「……嫌」 「早く」 「無理だよ」 「行けって」  しっかりと重なった視線の先で、薄茶色の瞳が揺れる。 「……最後くらい格好つけさせてよ」  握りしめたカガリの拳は、少し震えていた。 「どうして、私なんか」  涙が出てくる。  見ず知らずの私を助けて、かわりに化け物と一緒に閉じ込められて。  こんなの、絶対におかしい。 「ぷはは、うそうそ」 「――は?」  カガリがすっと立ち上がる。  ついさっきまで、起き上がれもしなかったはずなのに。
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