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溢れた世界 弐
助けて。
声は出ず、震えるばかりの口がもどかしい。
生首はカガリに一瞥をくれたものの、すぐに私に向き直る。
急ぐ様子も無くふわふわ歩いてくるカガリと、目の前に迫った大きな口。
わけがわからなくて、ほんの少しでも、あの男の登場にほっとしてしまった自分が恨めしくなる。
「はい、さつきちゃんはこっちね」
立ち尽くす私の手を取って、カガリがぐいと引き寄せる。
いつの間にここまで?
いや、それよりも。大口を開けた生首の横を、のんびり通り抜けてきたようにしか見えなかった。どうかしているとしか思えない。
「もう大丈夫。怖かったね」
「……なんなんですか」
「おおかた様とか言ってたし、お付きの侍女さんってところじゃない?」
「あっちもだけど、あなたも、そんな普通に」
「こっちの心配してくれるの? さつきちゃんって意外とぶっとんでるね」
「そんな言い方しないで」
怖い怖い、助けてあげたのに。
そう言いつつも手を離したカガリが、「まあ見てて」と腰の巾着袋から小さな玉を取り出して、放り投げた。
「怪異専用。魂師秘伝の虹色玉の威力、とくとご覧あれってね」
艶々とした二つの玉が、綺麗な放物線を描いて二体の生首に命中する。
こつんと当たり、ぽろりと落ちて転がっていく玉に、何かが起きる気配はない。目の前の悪夢が終わってくれるわけでも、もちろんない。
「あれれ」
「あれれって……どうにかなるはずだったんじゃないの?」
「どかーんと吹き飛ばして、はいおしまいって」
すう、と生首が目を細める。頭の半分まで裂けた口元は、明らかに嘲笑の色を含んでいた。
みるみる内に、カガリの頬が引きつっていく。
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