溢れた世界 弐

1/3
前へ
/144ページ
次へ

溢れた世界 弐

 助けて。  声は出ず、震えるばかりの口がもどかしい。  生首はカガリに一瞥をくれたものの、すぐに私に向き直る。  急ぐ様子も無くふわふわ歩いてくるカガリと、目の前に迫った大きな口。  わけがわからなくて、ほんの少しでも、あの男の登場にほっとしてしまった自分が恨めしくなる。 「はい、さつきちゃんはこっちね」  立ち尽くす私の手を取って、カガリがぐいと引き寄せる。  いつの間にここまで?  いや、それよりも。大口を開けた生首の横を、のんびり通り抜けてきたようにしか見えなかった。どうかしているとしか思えない。 「もう大丈夫。怖かったね」 「……なんなんですか」 「おおかた様とか言ってたし、お付きの侍女さんってところじゃない?」 「あっちもだけど、あなたも、そんな普通に」 「こっちの心配してくれるの? さつきちゃんって意外とぶっとんでるね」 「そんな言い方しないで」  怖い怖い、助けてあげたのに。  そう言いつつも手を離したカガリが、「まあ見てて」と腰の巾着袋から小さな玉を取り出して、放り投げた。 「怪異専用。魂師秘伝の虹色玉の威力、とくとご覧あれってね」  艶々とした二つの玉が、綺麗な放物線を描いて二体の生首に命中する。  こつんと当たり、ぽろりと落ちて転がっていく玉に、何かが起きる気配はない。目の前の悪夢が終わってくれるわけでも、もちろんない。 「あれれ」 「あれれって……どうにかなるはずだったんじゃないの?」 「どかーんと吹き飛ばして、はいおしまいって」  すう、と生首が目を細める。頭の半分まで裂けた口元は、明らかに嘲笑の色を含んでいた。  みるみる内に、カガリの頬が引きつっていく。
/144ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加