夏小僧

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 あれが見えない人は幸せだ。ただまっすぐ駅に向かえばいいのだから。  今朝のサラリーマンは孫に会えないと見ると言っていた。なにか条件があるのだろうか。私だって去年まではあんなもの視界に入らなかった。 「お前らしくないぞ! 泣きそうな顔してるぞ!」  だれが泣きそうだって? お前らしくないって、じゃあなにが私らしいんだよ。 「飲みに行かない?」  思い切った声が背後からして思わず振り返ってしまう。 「いや、飲みに行こう! ビアガーデン! この暑さなら絶対美味しいから! パーっとやろう!」  知らない女の子が数人の友達を誘っていた。 「どうしたの、いきなり?」  友達らしき子が笑っている。  叫んだ女の子が大変真面目な顔になって返す。 「夏らしいことしてパーっとやれって囁いてるのよ、私の夏小僧が」  知らない人の言葉で目玉が飛び出るほど驚いたのは初めてのことではなかろうか。 「やっとアンタらしくなった気がする~。じゃあちょっとだけ付き合うよ」 「ありがとー! 助かる! 嬉しい! 奢らないけど」 「マジで~」 「でも記録的暑さでビアガーデンとか楽しそうだよね」  笑いながらデパートに向かう女の子たちをアゴが外れそうなほど大きな口をあけて見送る私。 「いいぞ! その調子だ!」     
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