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(かわいそうに。暑さで脳みそが煮沸されたんだろうな)
危険なのは命だけじゃないってことか。人としての思考回路までもが緩んでしまう。今年の夏は身体共にサバイバルだ。
「おれは夏小僧! 夏とともにやって来た!」
こんがり陽に焼けた男は両手を青空にあげて夏サイコー! と叫んでいる。
(いま、なんて言った?)
振り返ってしまった。
それがいけなかった。
目が合ってしまった。
男が少年漫画の主人公のように真っ白な歯をみせてニカーッと笑った。歯並びがいいのが癇にさわる。
「君! つまらなそうだね! おれと遊ぼう!」
ほかの人にまで聞こえるデカイ声。それじゃまるで私がつまらない人間みたいじゃないか。
「せっかくの夏だぜ!」
仕事がありますから。という言葉が喉まででかかって思いとどまる。なんで変質者と会話しなきゃいけないんだ。
思い切り顔をそむけて駅に向かって早歩き。逃げるが勝ちである。
「ちょ、どこ行くのお姉さん!」
(会社に決まってるだろ)
お姉さんと言われてあやうく足を止めるところだった。
あとついてこられたらどうしようかと不安になったが、幸い男はその場から動くことはなかったようで、無事に私鉄に乗り込み池袋駅に到着することができた。
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