【千の花を抱いて】

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 青年は男の言う通り、少し距離を空け男が何をするのか、脳内レコーダーには残らぬよう、ただ黙って見ていただけだった。すると。  突然と振りだした雨は、同じくらいの唐突さで止み、曇天としたままだった天の雲の塊が、細かく別れて散り散りに流れていく様を驚きを持って見ていた。なぜなら。 「何をそんなに不思議そうな顔をしている。あの少年を育てたのは私だよ?」  少年の能力と記憶全てを奪い去り、男は少年の腕から外れた壊れたリングを拾うも、それも粉々に砂より細かく砕いて風の気まぐれにその欠片達を放してやった。そして。 「帰るぞ」  男は青年に言い、帰還支度に入ったから。 「あの子は───」  いくらあの少年に興味の欠片もなかったとはいえ、少年が己の能力全てをもってこの惑星に雨を降らせたことくらい、青年にだってわからなくなかった。そしてそれだけの能力を一時に使い切ってしまった少年の末路も想像に難くなかった。けど。 「言っただろう? おまえは何も見ていなければ、聞いてもいない。ここであったことを尋ねられても知らぬ存ぜぬで押し通せ。なぁに、少年は今ごろ、己の心に宿った人物の下にでも居るだろうよ」  そのために雨を強制的に止ませた。代わりに曇天として動きのなかった雲にその水蒸気を分け与えた。途端、大気に流れが生まれ、運が良ければこの惑星は、以前のように青い輝きを取り戻せるかもしれない。何百、何千年後のことかはわからないが。  それでもこの惑星は「死する惑星」のリストからは外れるだろう。気流と水脈とそこに生きる草木花とそれを愛でる生き物がいる限り。  そうして青年と男の姿は、何もなかったかのように消えたその頃。 *    *    *    *    *
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