【千の花を抱いて】

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「お兄ちゃん!」  少年は自分がなぜ、こんなところに居るのかわからなかった。いや、そもそも自分が誰かと言うことさえわからずそこにいた、なのに。 「チカ……」  目の前に居る少女の名前だけは何故だかわかった。すると少女は少年に向かって咲ってみせると言った 「雨が降ったのよ。ほら、わかるでしょ? チカがいっぱい種を植えたとこが、あんなに瑞々しく煌めいてるの。ねぇ、お兄ちゃん。どうしたの? なんかさっきと様子が変よ? やっぱりお腹空いてたんじゃ───」  チカの言葉に思わず反応仕掛けたが、それがどういう反応か自分にもわからなかった。ただ。 「チカ……チカは僕の何を知っている? 僕は何も思い出せないんだ。自分のことが何も───」  少年の言葉に、チカはしばし黙するも、じゃあ私が名前をつけてあげる、と言った。そして。 「リン───あなたは今日からリンって名前になるの。今もさっきも林の中から出てきたから『林』って書いて『リン』。私の『チカ』はね、『千の花』って書いて千花」 「千花……」  呟いた少年に千花は、 「待ってて。どっか怪我してるのかもしれないから、パパを呼んでくるから。あ、安心してね。私のパパは村一番の名医だから!」  そう言って走り出した千花の後ろ姿にだったのか、その背を照らす光を見て思ったのか、少年───リンには何もわからないながらも、確実に断言できることが出来た。 「綺麗……だな」  この美しさを忘れてはならな。否、失ってはならない。  それが僕の「使命」だと、リンにはそれだけわかっていれば充分だった。 【Fin.】
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